「失敗しない選択」の呪い

選択に伴う思考をレビューサイトや口コミに外注してきた“ツケ”とは何か。外食するとき食べログ見ないと不安になりませんか?私はなる。買い物行って何が欲しいのかわかんなくなっちゃうときありませんか?私はある。
つっきー 2022.01.25
誰でも

例の失敗しない外科医のドラマは見たことがないのだが、セリフと女優さんの見た目やキャラクターでなんとなく見た気になってしまっている。めちゃくちゃ仕事ができる人になって「私、失敗しないので」って言ってみたいものだ。ハイヒールをカツカツしながら言いたい。失敗しない外科医でも院内でハイヒールは流石に履かないだろうが(実際のところは見てないのでわからない)脳内イメージでは絶対に履いている。

長くシリーズが続いているということは、それだけ世の中には失敗しない天才が好きな人が多いということである。確かに失敗しないのはクールである。失敗などできることならしたくない。映画やドラマを見ていても余計な失敗ばかりやらかすキャラクターのせいで話が展開しないとイライラしてくる。失敗する様はダサいのである。

「失敗しない◯◯選び」はキャッチコピーとしてよく聞く。食べ物や化粧品、投資銘柄に結婚する相手に至るまで「失敗しない選択」をネットで下調べするのは生活に定着してしまった。限られたお金や時間を使うのならば失敗しなそうな方を選びたいのは当然だ。リサーチしないで失敗したら「なんでもっと比較検討しなかったんだ、情弱乙」と自己責任呼ばわりされることもある。逆に失敗しない選択ができている人は「賢く」て「コスパよく」生きてる感じがする。

しかし、「賢く」「コスパよく」を追求した末に取りこぼされているものは何か?

いつだったか夫と旅先で外食しようとなった時に、Googleマップで近くにある飲食店を見つけた。店名をレビューサイトに打ち込むと評価は3.01。正直微妙である。「ここ、ちゃんと美味しいのかな…?」我々は寒空の下で立ち止まってGoogleマップとレビューサイトを行ったり来たりして別の店を探すのに時間を要した。

せっかく旅行に来たのだから美味しいものを食べたいし、同じお金を出すなら不味いものを食べてテンションを下げたくない。それは当然なのだけど、あのとき流れた時間のもやーんと停滞した空気がずっと引っかかっていた。

別の日、大きめのドラッグストアに行ったとき、新しくリップの一本でもあればクソ寒い長野の冬でも一丁元気が出るだろうかと思って化粧品コーナーをうろついてみたのだが、どれが欲しいのか全然わからなくなってしまった。正確には「どれを買うのが正解か」がわからない。パッケージが変身スティックみたいで可愛いやつを見ても「ポーチでかさばって結局使わなくなるし無駄だ」という声がどこかから聞こえ、色が綺麗だなと思うやつを見ても「お前のパーソナルカラーとは真逆だし似合わない」という声がどこかから聞こえる。

そんなに値段が高いわけでもないドラッグストアのリップを一本買うに当たっても「それは本当に失敗しない選択なのか?」と問いかける呪いが邪魔をする。結局何も買わずに出てしまった。あの旅先と同じ、もやーんと停滞した空気がまとわりついた。

「賢く」「コスパよく」を追求した末に、自分が本当に欲しいものを自分で決められなくなってきている。思考をレビューサイトや口コミに外注してきたツケなのだこれは。あの停滞した空気は思考停止の証であったか。色々比べたり検討したりしているように見せて、自分では何も考えていなかったのかもしれない。賢く見えてめちゃくちゃボーッと生きていたのである。誰も叱ってくれないので自分で省みるしかない。

本屋を徘徊して漫画をジャケ買いしていた頃を思い出したい。偶然1巻から買っていた漫画がドラマ化した時の誇らしさと1巻止まりのコミックスで塔ができる無駄感、どちらも人生の旨味であったのだ。服も骨格ウェーブには全然似合ってないけどなんか着心地良くて好きな一枚があった。こんまりの動画に触発されたときにもう捨ててしまったけど。全然似合ってない写真を見返して死にたくもなるがそれも含めて人生の雑多な味わいである。ときめかない上に絶対無駄だけど必要なものはたぶんあるのだろう、少なくとも私の場合には。

賢くコスパのよい失敗しない選択の末にお湯と塩だけのスープみたいな人生になるのは嫌だ。それがいい人もいるだろうが私はもっと“ごった煮感”が欲しいのだ。

会社の仕事を休んでいる現在はキャリアの上では完全に「失敗側」の時間なのだが、いつか良いダシとして機能してくれるといいなと思う。

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