夫に姓を変えてもらった話

早いもので結婚して一年が経った。
一年前婚姻届を出したとき、夫は名字が変わった。妻側の姓への改姓である。
つっきー 2022.11.24
誰でも


11月22日、いい夫婦の日はとくに何をするでもなくいつも通りに過ごした。
我々夫婦は結婚記念日が11月16日で、お祝いらしきことはそのタイミングでやるため、6日後にあるいい夫婦の日はぬるっと過ぎる感じになる。22日は二人で鍋をつつきながらサッカーワールドカップを見て終わった。


早いもので結婚して一年が経った。一年前婚姻届を出したとき、夫は名字が変わった。妻側の姓への改姓である。「変わった」というと自然にそうなったみたいだけど実際は「変えてもらった」のほうが正しい。


夫と付き合いだして2ヶ月ほど経ったとき、今後我々はどうしていこうかという話になった。結婚しようか、となったとき、夫は「結婚するなら名字は自分が変える」と言った。「この社会はただでさえ女の人の負担が多くできている。ならば改姓に伴う負担は自分が負うよ」と。


私はちょっと前まで自分が結婚をすることはないだろうと考えていて、老人ホームにひとりで入るにはいくら貯めたら良いのか? などと試算しているような人間だったし、正直「結婚」によって自分という人間が大きく変わってしまうような気がして怖い気持ちもあり、そもそもの婚姻制度や家父長制には飲み込めないものを感じていたりして、結婚に100% 前向きになれているわけではなかった。


そんな私だったが、夫の「改姓宣言」を聞いてその場で結婚を決めた。ああ、この人だなと思った。
単に名字を変えたくないという気持ちももちろんあったけど、この社会で男として生まれ育ち、良いことも悪いこともいろんなことを経験してきたであろう夫という人が、結婚に際してそういう言葉が真っ先に出てきて、決して簡単ではない行動を起こす覚悟があるという。

その事実だけで、いままで女として受けてきたいろんな嫌なことを手当てしてもらえた気がした。「女なんだからこれくらい持てよ」と社会から放り投げられてきたたくさんの重りを、半分持つよと手を差し出してもらった。その手を取らない理由がなかった。


実際問題、私が改姓するほうがいろんなコストはかからなくて済む。夫は資格が必要な仕事をしているので、その免許の名前も変更が必要になるし職場でも周囲に説明して新しい姓を使わなくてはならない。一般的に言われる免許証や銀行などの名前変更のほかにも、車を持っているため自動車関連の保険や車検、駐車場の届け出書類にETCカードなど、変更手続きしなければならない箇所があとからあとから出てきた。ネットでは「カンタン3ステップ!1日で終わらせる結婚に伴う名前変更」みたいな記事が出てくるが、1日で終わるわけねーだろ馬鹿、とどつきたくなった。


資格のことや手続きの多さを理由にして、私に改姓を頼むこともできただろうに、夫は全ての手続きを淡々と行っていった。


銀行での改姓手続きのときに私も付いていったが、窓口の人が不案内で、やっぱりあのカードも必要この書類も必要と小出しに要求されて取りに戻り、家と銀行を3往復もするはめになった。
夫に多大な苦労をかけてしまっているのが申し訳なく、私が謝ると「自分で覚悟して決めたことだから気にしないで」と言った。夫が優しいのに甘んじて「改姓」という暴力をふるっているようでやっぱり申し訳ない気持ちと、日本の妻のほとんどが、程度の差はあれこの苦労をしているのかと思うとやりきれない気持ちになった。


結婚に伴い、夫が改姓するから私の名前は変わらないということを周囲に伝えると、「いまどきな旦那さんだね」「優しい旦那さんでよかったね」という反応がほとんどだった。それはそれで、(たしかに夫は優しいのだけど、そしたら世の中のほとんどの妻は「改姓してくれる優しい妻」と呼ばれないのはなぜ?)というモヤモヤした気分になった。


一番難色を示したのは私の母であった。「向こうのご両親に申し訳がたたない」という理由だった。当の夫の両親は「息子の好きにすればよい。新しい名字素敵じゃん!」という好意的なスタンスだったのだが、母は最後まで納得いかない様子だった。「じゃあ兄たちが結婚したときに、妻になる人たちに名字を変えてもらっているけど、それは向こうの親御さんに申し訳が立つの?」と聞くと、答えに詰まっていた。もう二人で決めたことだから、と言い続け、最終的には飲み込んだようだけど、母としては娘に「夫に従う嫁」になって欲しかったのだと思う。自分がずっとそうしてきたから。皮肉にも、そういう家で育ったために家父長制に疑問を抱く女が出来上がり、一緒にアンチ家父長制してくれる人を夫に選んだのだけど。


周囲への説明をするなかで、「名字を変えてくれるような理解ある夫を選んだ」ということを誇示しているようで嫌だなという気持ちもあった。トロフィーワイフを得て周囲に連れて回る男と一緒なんじゃないかと思うと、自分のやっていることが辛かった。夫に苦労をさせているのに、「そんなことしてくれるなんていい人捕まえたね!」と褒められて、そうですね~としか言いようがなく、自分は改姓という暴力を振るっているのに称賛されていて、この歪んだ状況はなんなんだ?? という気持ちが常にあった。


結婚式も終わり、結婚してから一年が経ち、銀行やカード会社から夫宛に届く書類の宛名もほとんど私の姓に変わったけれど、未だに申し訳ない気持ちが消えたわけではない。妻に姓を変えさせたほとんどの夫は、妻に対してこういう気持ちを抱いているのだろうか? 私は自分が改姓するのも、相手に改姓させてこんな気持ちになるのも嫌だ。一日も早く選択的夫婦別姓が実現してほしい。


夫は新しい名字を気に入っているらしく、「名前を変えたら運気上がった気がするよ!」と言ってくれているが、もし私の名字が「ヤバ谷園」とか「エグみ山」とかだったとしても、彼は改姓しただろう。そういう人なのである。寝っ転がってワールドカップを見てあーだこーだ言っている背中に頼もしさとを感じ、同時にごめんねと思う。一緒に生きて、できる限り社会の良くない側面に一緒にNOと言っていこうという強さ。


私はこれから夫に何をしてあげられるだろうか? 一生もののプレゼントをすでにいただいてしまっている。 できるだけ元気で長生きして、いつもこの人の味方でいようと思うのだった。

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